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概要

広報はくば10月号

16『白馬蕎麦』夢の続き白馬耳目Vol.4複合扇状地を形成する標高7 0 0 メートルの白馬盆地。朝晩の寒暖差、そして朝霧がもたらす朝露の恵み。名水と謳われる白馬三山麓の水源。これら悠久の大自然に育まれたソバは良質な澱粉を蓄え、あの特有の甘みを生む。白馬村には紛れもなくソバ名産地としての条件が備わっている。そう、だから白馬村のソバは蕎麦通をも唸らせる“はず”なのだけれど……。 (食において「旨い・不味い」の評価はその人の主観に起因するものだから、僕は「旨い・不味い」という表記を避けている)白馬産ソバを使用した蕎麦の特性は「野趣潜み滋味に富む」と僕は書く。その根拠は……麻布・永坂の更科ほどの気どりはなく、だからと言ってその容姿に品格が感じられない訳でもなく、各地田舎蕎麦が得意とする土や草木の香りが鼻に抜けるという演出は控えつつも、白馬産無機質のたしかな存在を堪能できる(村内の水道水を飲んだ時の驚きのように)。ここで言う蕎麦とは洗練された蕎麦切りではなく『けーもち』と呼ばれる、蕎麦がきに近いものだ。たとえば千切り大根と蕎麦粉を絡ませ、熱湯で素早くかき混ぜ、出来上がりを出汁つゆに入れ食べる。かつての山村農家の食卓に登場した常食。この『けーもち』をおごっつぉになった時、白馬の蕎麦の魅力を教えてもらった。しかし現在、これらの蕎麦料理が日常の食卓に上ることはめったにないらしい。もちろん趣味として、かなりのこだわりをもって蕎麦を打つ人もいる。先日、ソバを生産しているFさんに会った。僕は白馬のソバのすばらしさについて、あれやこれやと質問した。するとFさんは「それほど蕎麦が好きなら、栽培から蕎麦打ちまで自分で体験してみては。それが最高の勉強法だ」と進言してくれた。昔ながらの手法で栽培、熟成、乾燥し、可能な限り地粉以外は使わずこしらえる。道具や機器、「本気なら畑だって貸してもいい」と。白馬村の農業の将来を憂える人は少なくない。F さんもその一人だ。生産者になるなど身の程知らずかもしれない。自宅に小さな耕作地がなければ借りればいい。趣味的次元でいいから食べたいものを自分で栽培してみる。そして悪戦苦闘しながら蕎麦をつくる。土を知り、自然を理解し、白馬村に暮らすことが如何に裕福なことなのかと。F さんの真意がわかったような気がした。――早朝、野平集落の背から昇る朝陽を受け銀色に輝くソバを刈り取る。しっとりと濡れた茎の束を乾燥へとみちびく。島立ての作業だ。やがて白馬三山からの西日を浴びたソバは自らその実を落としてくれと囁くだろう。時にやさしく時にきびしく実を激励する。晩秋に訪れる琥珀色した風の強い日。箕に入れ煽り舞い飛ばせる。すでに葉も茎も飛び去り、燻した黄金色のソバの実が微笑む――。僕は白馬のソバを使った蕎麦が食べたい。それも挽きたて、打ちたて、茹でたての“三たて”の蕎麦を。白馬村の各家で自家製蕎麦文化が再興し、かつて聴こえた「おらとこの、そば、くいにきましょ」と声がかかる。自然発生的に蕎麦街道や蕎麦集落が生まれ、日本一蕎麦が旨い村として輝く……僕はそんな夢を見る。(了)(集落支援員/佐藤一石)