ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play

概要

広報はくば11月号

村の文化財めぐり特集④ ( 城跡編)2館報はくば Vol.500〈昭和60年1月24日史跡として村文化財指定〉中世期の大町北安曇地方の豪族仁科氏の支族であった沢渡氏が拠った山城です。三日市場地区の東、神明社を抱く山頂にある典型的な回字型の山城跡です。城主鎮魂のために小さな祠があります。飯森地区の西部細長い丘が一夜山です。仁科氏の支族飯森盛春が一夜でここへ城を築いたのでその名がついたという伝説があります。飯森氏はこの地に館を構える土豪でしたが、後に小谷の平倉山で武田軍を迎え討ち、討ち死にしたのが弘治2年(1556)のことです。入口(登り口)は白馬五竜スキー場駐車場奥または、長谷寺の北側、千国街道沿いのいずれかです。塩島地区の東側にあるこんもりと茂った低い丘が城跡です。大昔の姫川の氾濫によってできた丘で高低差があり、空濠や曲輪の跡がたくさんあります。地区の人たちによって、現在も整備されています。入口の旧道脇に案内板が設置されています。中世仁科氏の支族であった塩島氏の居館跡であります。その他村内神城地区には月夜沢山城、飯田城、茨山城跡などがありますが、いずれも簡素な小規模なもので、大宮城を中心として機能した砦群であったと思われます。立の間の北西、浅間山城跡は現在も浅間神社の石祠が鎮座し、地区の皆様に管理されています。塩島の出城的存在であった思われます。いずれも何々氏の守っていた城という伝承がありますが、今は跡形もないところがほとんどです。今回は村内の主な城跡をご紹介します。・大宮城跡(三日市場) ・一夜山城跡(飯森) ・塩島城跡(塩島)